またまた、期間が開いてしまい久しぶりの投稿です。私の近況も報告すると、2025年度は新たな分野への学びをしていました。
"家族療法"という家族を理解するための心理療法について、団先生、早樫先生、千葉先生、坂口先生のもと、京都で4回にわたって修行をしてきました。
特に、2026年2月27-3月1日で行った「対人援助職のための自己覚知 -原家族と向き合う-」では、自分の家族の提示をし、自分自身と家族を見つめると機会となりました。参加者と共に自分の家族、参加者の家族についてを理解する中で様々な気づきがあり、今後の診療や私生活にも活かせていけそうです。
この学びは家庭医として実践していく中で非常に重要なものとなりました。これについても今後ブログにまとめていきたいと思っています。
医師確保システムのリアル
離島医療を語るとき、「どうやって医師を確保するのか?」は最大の関心事です。ドラマ『Dr.コトー診療所』では、志木那島の役場職員・星野課長が奔走し、五島医師を情熱で呼び寄せるという展開でした。
しかし、現実の沖縄県は、情熱だけに頼らず、制度としてのセーフティネットをしっかり整えています。私自身もこの制度の中で南大東島に赴任しました。ここでは、その実際の仕組みをご紹介します。
沖縄県は1960年代から県立の離島診療所を整備し、現在は16の施設を運営しています。これらはすべて県立病院の一部門として位置づけられ、医師の人事や医薬品の供給、医療情報などが一体的に管理されています。
このように、「個人の奮闘」ではなく「組織の連携」によって、医療体制が支えられています。

ローテーション方式で「無医島ゼロ」
医師は主に5〜8年目の若手を中心に、1〜2年単位でのローテーションで離島に派遣されます。私もこの制度のもとで南大東島に赴任しました。
この仕組みには、以下の3つの重要なポイントがあります。
1. 育成と供給の両立
若手医師が離島経験を通して総合力を高める一方、人員を定期的に循環させて継続的な医療を実現します。
2. 明確なバックアップ体制
県立中部病院などの基幹病院が「後方支援病院」として機能し、24時間ホットラインやドクターヘリによる緊急搬送が可能です。
3. 交代スケジュールの可視化
次の医師が決まるまで、現任者は離任できない仕組みにより、「無医期間」を生まないようにしています。
自治医科大・地域枠と奨学金制度
もう一つの柱が、奨学金義務年制度です。自治医科大学や地域枠で医学部に進学した医学生には、一定期間、離島やへき地での勤務が義務付けられます。私の同期にも自治医大卒は2名おり、一緒に離島時代を乗り越えました。
Dr.コトーとの対比:制度×情熱の両輪
ここで、ドラマ『Dr.コトー診療所』と現実の沖縄県のシステムを比較してみましょう(表1)
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観点 |
ドラマ(志木那島) |
沖縄県の実際 |
|---|---|---|
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募集方法 |
星野課長の人脈と熱意 |
県立システム+義務年制度 |
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任期 |
無期限(定住前提) |
1〜2年ローテーション |
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バックアップ |
ほぼゼロ |
基幹病院・ヘリ・遠隔読影 |
表1
情熱だけでは、体制としての継続性は確保できません。制度と情熱の両輪が揃って初めて、離島医療は持続可能なものになるのです。
「仕組み」が若手を挑戦させる
私が医師5年目で離島に行けたのも、この制度が“挑戦しても大丈夫”という安全網を張ってくれていたからです。さらに、離島を経験したOB・OGの先生達がグループを作り支援をしてくれる制度がありました。だからこそ、「まずやってみよう」と思えました。
もし制度がなければ、経験豊富な医師しか離島医療に挑戦できず、世代交代は難しくなります。離島医療の未来にとって、この“挑戦を許容する仕組み”こそ、最大の資産であると私は感じています。
次回は「設備ギャップ──“手術室”があるドラマと酸素ボンベだけの現実」。
ドラマの華やかな手術シーンと、私が実際に使った瀉血や簡易血ガスモニターのリアルを比較し、限られた資源のなかでどう最適解を出すかを探ります。





