ここまで、「初めて急患搬送となったAさん」を①、②という視点でお話ししてきました。最後に「③患者の訴えは"背景"を踏まえて解釈する」をお話します。
搬送するかを判断するとき、"病歴や身体診察"を大事にしています(①参照)が、患者の"背景"に注目しなければならないことがあります。
実はAさんは神経発達症があり、日常生活には支障がない程度ですが、昔から兄弟のサポートを受けて過ごしていました。
患者さんの中には、発達神経症だけでなく、子供、脳梗塞後遺症、認知症、精神疾患など、自分の症状をうまく表現できない方がいます。このような方を診察するときは、検査や搬送の閾値を下げて判断していかなければなりません。なぜなら、病歴や症状を正確に伝えられず、"病歴と身体診察"から得られる情報が不十分になる可能性があるからなのです。
また、搬送基準の話から外れますが、"背景"を考えること自体がとても重要になる時もあります。
患者さんの中には様々な検査をしても異常がなく、何度も何度も同じ訴えで来院される方がいます。このような方は医療者に負のイメージを与えてしまい、"対応が難しい"患者として認識されてしまうことがあります。こんな時、実は裏に理由が隠れていることがあるのです。
心窩部痛(みぞおちの痛み)を訴えてきた高齢女性がエコー、CT、胃カメラなどをしても原因がわからず、何度も同じ検査をしていることがありました。しかし、ある時、こんな話を聞くことができました。
「子供が膵臓がんで亡くなっていて自分もそうなっていないかが心配なんです。」
膵臓はみぞおちのところにある臓器で、発見が難しい癌の一つと言われています。この方の息子さんも発見された時は進行している状態だったのかもしれません。何度もこれ以上の検査は必要ないと説明を行っていましたが、この方にとって重要なことは"検査を行なって異常がない"という事実を知ることだったのです。つまり、息子と同じ癌はないという安心感を得ることで不安が解消されるため、医師がどんなに理論立てて説明しても症状は改善されません。何度も検査をすることは医学的には意味がないことかもしれませんが、この方にとってはとても重要な意味のある行為だったのです。
これが「患者の訴えは"背景"を踏まえて解釈する」重要性となります。
初めて急患搬送となったAさんを通じて3つの視点でお話をしてきました。
次回、一旦日記から話を外れて、僕が沖縄、離島にたどり着くまでの話をしたいと思います。